ブラジル-MPB

Nara Leao / Os Meus Amigos Sao Um Barato

World-Brasil-MPB : ★★★★★


ナラ・レオンの最も密な時期を回顧的に見ることの出来る作品。

ナラ・レオンが親しいミュージシャンと共演した1977年の作品。

1950年後半のブラジル経済の発展は中流階級の文化を生んだ。 ボサノバもその一つであり、必ずしもブラジル全体の潮流ではなかった。

ナラ・レオンの家は中流階級で裕福であった。習っていたギター 講師ホベルト・メネスカルとカルロス・リラを通して、多くの 後にボサノバを作り上げるアーティスト達ががナラ・レオンの 家を訪れ、ナラの家は若手音楽家の集まるサロンと化した。 しかし、内省的なナラ・レオンは中流階級のみを対象とする ボサノバの潮流よりも、当時庶民の文化に興味があったようだ。 このボサノバに対するアンチテーゼは後にブラジルの社会的混乱 軍事政権の樹立に伴うナラ・レオンのフランス亡命まで続く。

1960年代後半になりボサノバブームも終焉の時を迎えると、 ブラジルは経済・社会的混乱を来たし、軍事政権の台頭を許す ことになる。反対派を徹底的に弾圧する当局の対応に対し、 カウンター・カルチャー・ムーブメントとして「トロピカリスモ」 が カエターノ・ヴェローゾジルベルト・ジルを中心に起こる。

トロピカリスモに参加したナラ・レオンは当局への批判を繰り返し やがてブラジルからの亡命を余儀なくされた。 フランスへと亡命したナラ・レオンは自身の出自と再度向き合い ボサノバとの和解をし、1971年、全編ボサノバのアルバム 「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。

本作品は以上のナラ・レオンのバイオグラフィーの一遍を集約した 作品といえる。それは、サロンにおいて談笑した仲間達と、 そして反体制活動の同士達と。2つの彼女にとって 大きな転換期ともいえる時期を表現した作品だからだ。

ナラ・レオンの最も密な時期を回顧的に見ることの出来る作品。

1.Sarara Miolo
2.Odara
3.Meu Ego
4.Chegando de Mansinho
5.Pepente
6.Nono
7.Joao e Maria
8.Amazonas
9.Flash Back
10.Cara Bonita
11.Fotografia

Nara Leao E
Joao Donato  Gilberto Gil
Caetano Veroso  Roberto Menescal
Edu Lobo  Chico Buarque
Carlos Lyra  Sivuca
Antonio Carlos Jobim

Amazon紹介ページはこちら
ナラと素晴らしき仲間たち

人気blogランキング ←参考になりましたら1クリックお願い致します!

posted by 日向 葵 (ひゅうが あおい) at 2005年12月22日 | Comment(0) | TrackBack(1) | ブラジル-MPB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/10943789

この記事へのトラックバック

ナラ・レオン maria moitaを巡って
Excerpt: ナラ・レオンの優しく澄んだ声と独特の雰囲気は何とも言えません。もう既にナラ・レオンについては私などよりもよっぽど先達のpontyさんが語っているので、私が新たに語れることは決して多くありません。ナラ・...
Weblog: マクシミリアンの日記
Tracked: 2005-12-25 13:20