ガル・コスタ (Gal Costa)
ブラジル MPB歌手
ガル・コスタ(1945〜)はブラジルバイーア州のサルヴァドールで生
まれた。本名は、Maria de Graca Costa Pena Burgos。従姉妹に
つけられたニックネーム「GAU」が転じ芸名「GAL」となったようだ。
他の多くの若者達と同様にガル・コスタもまたジョアン・ジルベルトに強く影響を受け、
それがきっかけとなり1963年にカエターノ・ヴェローゾと知り合う。
カエターノ・ヴェローゾと共鳴したガル・コスタは翌1964年に、この
2人にジルベルト・ジル、マリア・ベターニア、トン・ゼー等を加えて
「Nos Por xemplo(例えば、私たちは)」と題したショーを行った。
この1964年はブラジルにおいて軍事政権が台頭した年でもあり、
同時に後にトロピカリスモ運動となる下地が出来上がっていた事
を示すイベントであったと捉えることも出来るかも知らない。
1965年、サルヴァドールからリオ・デ・ジャネイロやサンパウロに
活動拠点を移したガル・コスタ達は左翼系イベントへ参加したり、
EP「EuVim Da Bahia/Sim,Foi Voce」の発表をしたりした。
1966年にはジルベルト・ジル及びトルカート・ネートと、歌謡フェスティヴァルに
参加。当時マリア・コスタだった芸名を、ガル・コスタに変えたのも
この時期である。
1967年、カエターノ・ヴェローゾと共に「Domingo」でアルバムデビューを飾る。
ボサノヴァ最後のともし火となったこのアルバムは、同時にトロピカリスモへ
つながる序章となったアルバムといえるかも知らない。
翌1968年、ガル・コスタは、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、
ムタンチス、
ナラ・レオンらと「Tropicalia」を製作。
トロピカリスモが具体性を持ち始めた。
作品の発表と共に運動も急速に広がり多くの支持を得た。
しかし、1969年にカエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルが
当局に拘束され、国外退去するに至ってトロピカリスモ運動は急速に沈下する。
ガル・コスタとマリア・ベターニアはブラジルに残り活動を続けたが・・・。
1970年にはトロピカリスモ運動はほぼ消沈したが、
それと共に当局の目も緩くなり
カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルも帰国の途に着いた。
ガル・コスタもまたトロピカリスモの経験をさらに発展し新しいMPBの
世界を築いていった。
![]() Cantar |
ガル・コスタ、1974年発表の通算6作目となるアルバム。プロデューサーのカエターノ・ヴェローゾを始め、ジルベルト・ジルやジョアン・ドナートといった豪華ゲストが編曲や演奏で参加している。とにかくガルの魅力満載で、何でもアリのアルバムになっている。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
![]() O Sorriso Do Gato De Alice |
ガル・コスタ、1993年リリース通算20作目の作品。カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ジャヴァン、ジョルジ・ベンといったMPBのトップアーティストを迎えて作編曲された楽曲の数々。ある時は声高に、またある時はしっとりと歌い上げるガル・コスタの歌声。正に琴線に触れる作品。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Blue Note 東京 (2006/9/20 2nd Stage)
Gal Costa

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いやぁスゴいいろんな音楽聴かれてますね。ガル・コスタ初心者ですが、レビューされているアルバムに興味あります。
さっそく試聴してみます。
それではまた。
ガル・コスタはブラジル音楽の中でも存在感が違うなという気がします。と、未熟者の私の感想です(笑)。
ゴルフ主題のブログにこんな専門家の方にTB頂くなんて恐縮です。
素晴らしいレビューの数々を参考にさせていただいて、良い音楽を聴いて行きたいと思います。
ガル・コスタは非常に多くの作品を残しており、音楽性も豊かです。一つの作品を聴いただけで彼女を理解することはできないと思います。しかし、「O Sorriso Do Gato De Alice」や「Cantar」は始めに手をつけるには最適なアルバムの一つだと思います。どうぞここからガル・コスタの魅力に触れてみてください。
際立つ個性、広いレパートリー、伸びやかな歌声。私もガル・コスタは存在感が違うと思います。素晴らしいアーティストです。
末筆ながら楽しんで書いています。レビューは客観性を重視しているので堅い文章になりがちですが、コメントや掲示板では気楽に書き込んでいただいて結構です。よろしかったらまた書き込みお願いいたします。