ピエール・バルー (Pierre Barouh)
フレンチポップス歌手
ピエール・バルー(1934〜)はフランス、パリ郊外のルヴァロワで生まれた。
両親はコンスタンチノープルからのユダヤ系移民。
第二次世界大戦が始まるとピエール・バルーはヴァンデの農家に疎開する。
自然の中ですくすくと育ったピエール・バルーはそこから大きなインスピレーション
を受けた。この事が後の活動にも大きく影響しているとは本人の話。
学業には大きな関心を示さなかったようだがスポーツに才能を発揮し、
バレーボールでナショナルチームに選抜されるほどだった。
音楽とスポーツは言語も国境も越えるコミュニケーションツールと語る
ピエール・バルーは、その2つの才能を駆使し30才になるまで放浪し続ける。
それは正にギター一本抱えてアルバイトをしながらのヒッチハイクの生活だった。
30才になると出演した映画「男と女」がカンヌ映画祭でグランプリを取り
ハリウッド俳優級の生活を手にする。しかし、「スターのゲットーは嫌い」と、
あっさりその生活を捨てて野に下ってしまう。
果たして1966年、Saravah Recordを設立。才能を有しながら機会に恵まれない
アーティストのプロデュースにその財産を惜しげもなく投資していった。
この前代未聞の音楽業界での試みは賛否両論を呼んだが、
ブリジット・フォンテーヌやナナ・バスコンセロスを始めとした煌くばかりの
トップアーティストを生み、企業としてもやがて黒字経営となった経緯をみると
ピエール・バルーの試みは成功したと言って良いのではないかと思う。
<レビュー掲載作品>
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ピエール・バルー1977年発表の3作目。ヴィニシウス・ジ・モライスとの接触以来、ボサノヴァを中心としたブラジル音楽へ傾倒したピエール・バルー。本作でもシコ・ブアルキの「仮面の夜」をカバー。その他、映画「男と女」以来の盟友のフランシス・レイとの共同作品もある豪華な顔ぶれ。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
<関連サイト>
Pierre Barouh
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> カンヌ映画祭でグランプリを取りハリウ
> ッド俳優の仲間入りをする。
主演はジャン=ルイ・トランティニャン(男)とアヌーク・エーメ(女)で、ピエール・バルーは、妻のアヌーク・エーメの目の前で事故死したスタントマンという役どころでした。目の前の恋人に惹かれつつも、亡くなった夫を忘れることができない苦悩をアヌーク・エーメが好演していました。
出演作は大半がフランス映画ですから、ハリウッド俳優というのは間違っているかもしれません。
それにしても、ピエール・バルーって、本業が何か分からない、マルチな才能を持っている人ですね。
主演→出演
ハリウッド俳優の仲間入りをする→ハリウッド俳優風の生活の仲間入りをする
の間違いでした。後者については「男と女」がカンヌで受賞後、放浪時代から一変した生活を指して書いたつもりでした。訂正ありがとうございました。
それにしても多才ですよね。フリオ・イグレシアスのバイオグラフィーもなかなかすごいものがあります。いずれアップしたいと思います。良かったらご覧下さい。ピエール・バルーに勝るとも劣らない経歴を持ったアーティストですよ。
バルーについては、CDとLPが何枚かあり、好きな歌(「生きる」「森林」etc.)もあるのに、おいたちとか、詳しいことは忘れていたので、興味深く読ませていただきました。
「男の女」の彼は、素の様な演技でとても感じがいいな!と思ったことを思い出します。
ピエール・バルーは、山下洋輔のトリオ(だったかな?)と共演したのを白金の八芳園の庭で聴いたことがあります。
ピエール・バルーはとてもユニークな経歴を持っているので楽しくバイオグラフィーを書かせていただきました。参考になったのであれば甲斐があったというものです。よろしかったらまたお越し下さい。お待ちしています。
ご指摘ありがとうございました。こういったご意見は著者にとって大変貴重でありがたいものです。今後もよろしくお願いします。八芳園の庭は素適ですよね。あそこで音楽を聴けるとは素晴らしい企画ですね。今度友人の結婚式が八芳園であります。ちょっとその辺も思い描いて庭でも散歩しようかと思います。
トラックバックありがとうございました。
ピエール・バルーは大好きで、彼のCDはほとんど買いました。何枚か漏れていますが。何だか幸せな気持ちになれる音楽だと思います。
なんだか朴訥な感じの音楽ですよね。かざりっけのない素のままの音楽。音楽の原風景を見る思いがします。