カティア・ゲレイロ (Katia Guerreiro)
ファド歌手
カティア・ゲレイロ(1976〜)は南アフリカ出身。両親はポルトガル系の
アンゴラ住民。
余談になるがカティア・ゲレイロ誕生の2年前の1974年は、ポルトガルで
サラザール〜カエターノによる独裁政権が崩壊したカーネーション革命の年で、
独裁政権下で国民的歌謡として擁護されていたファドが大きな批判に
さらされ始めた時期でもあった。
カティア・ゲレイロは生後1年あまりで南アフリカからポルトガル領の
アゾーレス諸島に移り、18才までここで暮らした。ポルトガル本国では
大きな批判の対象となったファドも、その影響はアゾーレス諸島までは
届かなかったようだ。幼い頃からアマリア・ロドリゲスに親しみ、フォーク
ソンググループを結成したり音楽に身近な成長期を過ごした。
そんなカティア・ゲレイロだったが、リスボンの大学では医学を専攻。
同時に大学時代からアマチュアながらファドを歌うようになり、
ひょんなことからCasa do Fado(ファドの家)で歌う事となった。
これが評判となっていき、ついに2000年にはアマリア・ロドリゲス
一周忌コンサートに参加するまでになる。翌2001年にはファースト
アルバム「Fado Maior」も完成させ、着々とファディスタの道を
歩み始める事になる。
革命以来のファドを敬遠する流れに動きが出てきたのはポルトガル
のEU統合以来のことである。他のEU諸国と同様ポルトガルにおいても
自国文化を見直す動きが活発になり、ファドも再び日の目を見ることと
なった。アマリア・ロドリゲスの偉大さの中で後継者不足に悩んだ
ファド界もここに来て多くの新星が誕生してきた。
現在、カティア・ゲレイロは医師とファド歌手の二足わらじを貫き、
ポストアマリア・ロドリゲスのファドムーヴメントを牽引する
アーティストの一人として活躍している。
![]() Nas Maos Do Fado |
カティア・ゲレイロ、2003年発表のセカンドアルバム。ギターラとヴィオラ、バイショというファドの古典的な編成をバックに新旧アーティストの楽曲を歌い上げる。傑作との評価が高かった前作のプレッシャーにも負けず、更なる飛躍を遂げた充実した作品を届けてくれた。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Katia Guerreiro

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