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ステファン・グラッペリ (Stephane Grappelli)

  

ステファン・グラッペリ (Stephane Grappelli)

バイオリン奏者

ステファン・グラッペリ(1908〜1997)はフランスのパリに生まれた。 4才の時に母を亡くし、父親は第一次世界大戦へ。孤児院での生活を 余儀なくされた。戦争の終結と共に父と再会したステファン・グラッペリ だったが、その生活は貧しかったようだ。そんな中、13才の時に 父親からバイオリンをプレゼントされ、熱心に練習に取り組んだ。

ステファン・グラッペリは15才になると、サイレント映画のBGM としてバイオリンを弾くようになっていた。ある時、BGMとして ガーシュインを弾く機会があり、これがきっかけでジャズに興味を 惹かれるようになった。パリのコンセルバトアールでバイオリンと 和声学を学ぶ傍ら、やがて有名なショーバンドでバイオリンを弾く ようになっていった。

ジャズの流入によって音楽的革新が著しかった当時のパリにおいて 多感な時期を過ごしたステファン・グラッペリは、1931年にカフェ 「南十字星」においてジャンゴ・ラインハルトと運命的な出会いを 果たした。ステファン・グラッペリは、1934年に クインテット・オブ・ザ・ホット・クラブ・オブ・フランス(QHCF)を ジャンゴ・ラインハルトと共に結成。瞬く間にヨーロッパ中を興奮の 渦に巻き込んだ。

第二次世界大戦によってQHCFの活動を休止し、イギリスにおける 病院や軍の施設で慰問として演奏を行っていたステファン・グラッペリ であったが、やがてフランスに戻りQHCFを再開。やがてジャンゴ・ ラインハルトとは別の道を歩んでいく事になるが、ジャズにおける バイオリンの可能性を模索し、ジョージ・シアリング等と活動していった。

1953年、ジャンゴ・ラインハルトが43才の短い生涯を閉じる事になる。 ステファン・グラッペリの心痛は大きかったようで音楽活動にも影響が 出ていたようだ。当時の録音は数点しか残っていない。

その後ジャズバイオリンの第一人者として4回の訪日をし、確固たる名声を 築いたステファン・グラッペリだったが、1997年12月1日、パリにおいて 89才の人生に幕を下ろした。彼の演奏は今尚数多くの音源と共に多くの ファンによって繰り返し聴かれている。


<レビュー掲載作品>

Stephane Grappelli plays Jerome Kern
Stephane Grappelli plays Jerome Kern
ステファン・グラッペリ、1987年の作品。ジャンゴ・ラインハルトとのユニット、QHCFと同じ構成で望んだ本作のテーマはジェローム・カーン。ステファン・グラッペリらしいスインギーで陽気な音になっている。今聴いても実に新鮮な作品。

 詳細ページは → こちら
 購入ページは → こちら

<関連サイト>
Jazz Violin Square

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プロフィール/バイオグラフィー | Comment(0) | TrackBack(2) | 2006年04月12日  posted by 日向葵
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