リチャード・ボナ (Richard Bona)
ベース奏者
リチャード・ボナ(1967〜)はカメルーン東部にあるミンタ村で生まれた。
未開の土地だったミンタ村には楽器屋はおろかガスも水道もなかったという。
それでも、豊かな自然と共に育まれた文化は唯一無二のものがあり、
パーカッション奏者だった祖父と共に音楽世界の原風景ともいえる幼少期を
この土地で過ごした。
その祖父の下、4才になるとバラフォンを弾くようになり、
その他にも自ら木を切り出し楽器を作っては演奏していたという。
やがて父と共にカメルーン第二の都市ドゥアラに移住する事になった
リチャード・ボナはこの地において大きな転機が訪れる。
ドゥアラにジャズ・クラブを作ろうとやってきたフランス人が
リチャード・ボナに目をつけ雇い入れたのである。ボナ13才の時であった。
レコードや楽器を自由に触る事を許されたボナは、
次第にその音楽性をより深遠にしていった。
中でも、ジャコ・パストリアスとの出会いは衝撃だった。
リチャード・ボナはいつしかギターからベースへと転向していた。
1990年、22才となったリチャード・ボナはカメルーンを離れ、
フランスへと旅立った。フランスでは音楽学校に通う傍ら、
母国出身のアーティストサリフ・ケイタ等と親交を深め、
ジャコ・パストリアスの所属していたウェザ−・リポートのリーダー
ジョー・ザビヌルと面識を得ることになる。
1995年、そのジョー・ザビヌルの呼びかけに応じニューヨークへと
拠点を移したリチャード・ボナは「マイ・ピープル」の録音及び
ツアーに参加。一躍世界的に知名度を上げることとなった。
その後も多くの著名なアーティストとの共演を重ね、
28才時にジョー・ザビヌルのユニットを離れ独自のユニットを結成。
1999年のファーストアルバム「Scenes from Life」を皮切りに
人気作を連発している。
![]() Munia:The Tale |
リチャード・ボナ、2003年の作品。製作に当たって心掛けたのは「シンプルに音楽を届けること。そして、指の動きよりも心の動きに耳を傾けること。」その結実した作品が本作品。超絶技巧のベーシストのソロアルバムにしてベースプレイを主眼とした作品では無い。だが素晴らしい。サリフ・ケイタ共演。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
![]() Tiki |
リチャード・ボナ、2005年の作品。ソロ作品であってもベースプレイに偏重しないのは前作と同じ。カメルーンの音楽を主軸に据えながらも、ジャヴァン、トニーニョ・オルタ、マルコス・スザーノといったブラジリアンミュージシャンの参加が際出つ秀作。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Wheelchaired Music jounalist
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それからリチャードの記事とは関係なくって申し訳ありませんが、ボッサのいいブツを見つけたので(CDっス)、トラバさせて頂きました。
以前ponty様から素敵なブラジル音楽の作品を色々TB頂いて、とてもうれしかったです。
これからも宜しくおねがいします!長くなってすみません。
リチャード・ボナは今乗りに乗っているアーティストですよね。早弾きしても良し、じっくり聴かせても良し。巧みなベースさばきで聴く者を虜にします。「音楽の基礎」は安い本ですし一冊持っているとよろしいかと思います。トラックバックありがとうございました。セルソ・フォンセカは非常に人気のあるアーティストですよねw
もうけっこう前ですが、やはりあれはいいライヴでした!
かなり前からチェックしていたのに逃してしまったライブでした。やはり良かったのですか。行きたかったですw次回にチャレンジしますw