プロフィール/バイオグラフィー

マッコイ・タイナー (McCoy Tyner)

マッコイ・タイナー (McCoy Tyner)

ジャズ ピアノ奏者

マッコイ・アルフレッド・タイナー(1938〜)は3人兄弟の長男として 米国フィラデルフィアで生まれた。母に勧められ13才の時にピアノを 始めると、2年後にはその虜になっていた。 家にピアノがなかったマッコイ・タイナーは、始め近所の家のピアノを借りて 練習していた。しかし、見かねた家族がピアノを購入すると、マッコイ・タイナーは 家に友人を呼んでジャムセッションをするようになった。

マッコイ・タイナーの友人や近所の住人には後にジャズの大家となっていった人物が 何人もいた。例えば、リー・モーガンやボビー・ティモンズ等で、 バド・パウエルとリッチー・パウエルが近所に引っ越してきたこともあった。 バド・パウエルは10代だったマッコイ・タイナーに多大な影響を与えた人物の一人で、 セロニアス・モンクやアート・テイタムと同様彼にとってのヒーローだった。 その後、マッコイ・タイナーは西フィラデルフィア音楽学校そして、 グラノフ音楽学校に学んだ。

17才になりレッド・ルースターという場末のクラブで演奏している頃に マッコイ・タイナーはジョン・コルトレーンと出会った。 ジョン・コルトレーンはマイルス・デイビスとの仕事でフィラデルフィアを 訪れていた所だったが、同時に自分のバンドの結成を考えており、 そのメンバーを探していたようだ。 マッコイ・タイナーはジョン・コルトレーンとセッションを重ね、 ジョン・コルトレーンはマッコイ・タイナーを加入させる事を胸に秘めたのだった。

マッコイ・タイナーの本格的なデビューは1959年で、ベニー・ゴルソンとだった。 そして1960年になり、ジョン・コルトレーンが自らのバンドを立ち上げるために マイルス・デイビスの元を離れると、マッコイ・タイナーも同行した。 ジョン・コルトレーンとの活動は1965年まで続き、その間「バラード」や「至上の愛」 「マイ・フェイバリット・シングズ」といった数々の歴史的名作を録音した。

ジョン・コルトレーン・バンド在籍中からソロ活動も展開してきたマッコイ・タイナーは、 「リアル・マッコイ」によってリーダー作の評価も高まった。その後も「サハラ」等 の傑作を発表し、ジャズ界に大きな影響を与えた。

1980年代以降はピアノトリオを主軸にビッグバンドやピアノソロなど 多才な編成で活動し、ビッグバンド作品「ターニングポイント」では初の グラミー賞を受賞した。その後もマイケル・ブレッカーとの作品「インフィニティ」 等、4回のグラミー賞を受賞している。


<レビュー掲載作品>

McCoy Tyner Super Group / Prelude and Sonata
Prelude and Sonata
マッコイ・タイナー、1994年ニューヨークにおける録音。クリスチャン・マクブライドやジョシュア・レッドマン、アントニオ・ハートといった若手を登用し、クラシックから映画音楽までユニークな選曲で聴かせる。「ひまわり」や「シェルブールの雨傘」などファンにはたまらないのではないだろうか。

 詳細ページは → こちら
 購入ページは → こちら

<オフィシャルサイト>
McCoy tyner Official Web Site

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posted by 日向 葵 (ひゅうが あおい) at 2006年05月10日 | Comment(0) | TrackBack(0) | プロフィール/バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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