ミシェル・ペトルチアーニ (Michel Petrucciani)
ジャズ ピアニスト
ミシェル・ペトルチアーニ(1962〜1999)はフランスのオランジュで生まれた。
イタリア系フランス人の家庭で、父はギタリスト、兄弟のルイスはベーシスト、
フィリップはギタリストという音楽一家だった。
4才の時にテレビで見たデューク・エリントンに惹かれてクラシックピアノ
を習い始めたが、同時に余暇にはジャズを弾くという日々が始まった。
一方、ミシェル・ペトルチアーニは先天性骨形成不全という重病を患っていた。
このため、身長は1m程度までしか成長せず、もろい骨と肺疾患に常に
悩まされる日々であった。足はペダルに届かず専用のペダル押し機を必要と
したが、10度の鍵盤を抑えることの出来る手と十分な腕があった。
ギター奏者であった父はミシェル・ペトルチアーニに的確なアドバイスを送り、
ミシェル・ペトルチアーニは黙々と練習に打ち込んだ。
やがて13才の時「Cliousclat Festival」でデビューすると、16才の時にパリに移住。
ドラム奏者のアルド・ロメオのバンドでしばらく働き、OWLレーベルと契約。
6枚のアルバムを残した。
1982年になるとミシェル・ペトルチアーニはアメリカ行きを決意し、
ニューヨーク、西海岸を渡り歩いた。そして1986年にフランス人として
初めて、それも21才の若さでBlue Noteと専属契約を結ぶ。
名実共にトップクラスのジャズ奏者として認められたミシェル・ペトルチアーニは
次にドレフェスレーベルと契約するまでに6枚の作品を残した。
ドレフェスレーベルでのミシェル・ペトルチアーニの活動は極めて創意工夫に
満ちたものだった。弦楽四重奏団との共演やオルガン奏者エディー・ルイスとの共演、
ステファングラッペリとの共演など新興レーベルを背景とした斬新なジャズを
展開した。しかし1999年1月6日、肺疾患により36年の短い生涯に幕を下ろした。
![]() Both Worlds |
ミシェル・ペトルチアーニ、1997年の録音。10年間暖めてきたスティーブ・ガッドとのプロジェクトをついに実現した作品。全体的にピアノトリオにバッキングホーンが入ったという感じでセクステットという大所帯でもミシェル・ペトルチアーニの個性がいささかも損なわれてはいない。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |

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