パトリシア・カース (Patricia Kaas)
ヌーベル・シャンソン歌手
パトリシア・カース(1966〜)は仏ロレーヌ地方モーゼル県のフォルバックに生まれた。
フォルバックはドイツ国境に近い都市で、パトリシア・カースはフランス人炭鉱夫の父と
ドイツ人の母との間の7人兄弟の末っ子だった。
父は元ダンサーで母は女優を目指していたという事もあり、
歌の上手かった少女パトリシア・カースには両親の夢が託された。
8才の頃から歌い始め、11才の時にはドイツのザールブリュッケンにあるクラブ
「ルンベルカンマール」からオファーが届き、定期出演のポジションを得た。
1983年、ルンベンカルマールで知り合った建築家ベルナール・シュヴァルツが
パトリシア・カースの歌に興味を持ち、これがきっかけでフォノグラムレコードの
フランソワ・ベルナイムと知り合う事となる。フランソワ・ベルナイムは
フランスの国民的映画俳優ジェラール・ドパルデューにパトリシア・カースの話を
持ちかけ、最終的にジェラール・ドパルデューのプロデュースの元、
フランソワ・ベルナイム作曲の「ジャルーズ」でデビューする。
その後1987年にポリドールに移籍して発表したディディエ・バルブリヴィアン作曲の
「マドモアゼル・シャン・トゥ・ブルース」が大ヒット。21才の誕生日には
オランピア劇場でジュリー・ピエトリのオープニングアクトを務めた。
1988年、ファーストアルバム「マドモアゼル・シャントゥ」を発表。全世界で250万枚を
売り上げた。1990年にはセカンドアルバム「セーヌ・ドゥ・ヴィ〜人生のシーン」、
1993年にはサードアルバム「永遠に愛する人へ」。1997年「ダン・マシュール」
1999年「パスワード」、2002年「ピアノバー」と定期的にアルバムをリリースしている。
<レビュー掲載作品>
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パトリシア・カース、1993年発表のサードアルバム。ヌーベル・シャンソンの提唱者として強い女のイメージがあったが、本作あたりから弱さを見せられる強さが垣間見られるようになった。そのせいか表現力も増し歌手としての飛躍が見られたように感じる。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
<オフィシャルサイト>
PATRICIA KAAS.NET
PATRICIA KAAS.NET
<参考文献>
パトリシア・カースに震える
パトリシア・カースに震える

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