山本 剛 (Tsuyoshi Yamamoto)
ジャズ ピアニスト
山本剛(1948〜)は、新潟県佐渡郡相川町に生まれた。
小学校6年生の時にピアノを始めたが直ぐに止めてしまい、
中学生の時はトランペット奏者としてブラスバンドに所属していた。
高校3年生の時にアート・ブレイキーの「危険なブルース」を聴いて以来
ジャズの魅力にとりつかれ、ジャズピアノに独学で取り組んだ。
高校卒業後は日本大学経済学部に進学。在学中の1967年、19才の時に
プロデビュー。ミッキー・カーティスのバンドを皮切りにヨーロッパを遊学。
その後、同バンドを退団してから本格的にジャズに打ち込むようになり、
1973年にゲス・マイ・ファインズへの参加、そして自身のバンドの結成と、
精力的に活動するようになった。1974年にはスリーブラインドマイス
レーベルよりデビューアルバム「ミッドナイトシュガー」を発表。
更にセカンドアルバムの「ミスティ」は大ヒットとなり一躍人気ジャズ
ピアニストの確固たる地位を確立した。
1977年にはサンフランシスコのモンテレージャズフェスティバル、
1979年にはスイスのモントルージャズフェスティバルに出演。
その演奏は評判となり。その後1年間ニューヨークで音楽活動を行った。
帰国後は六本木のジャズクラブ「ミスティ」をホームグラウンドに
笠井紀美子、安田南のヴォーカリストとの共演、ディジー・ガレスビー
、カーメン・マクレイ、エルビン・ジョーンズ、スティーヴ・ガッドを始め
多くの著名なアーティストと共演を果たした。
その後もバタシー・パーク・ジャズ・フェスティバルや
コンコード・ジャズ・フェスティバル等、著名な祭典で演奏し
人気を博している。
<レビュー掲載作品>
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山本剛トリオ、1974年のセカンドアルバム。六本木のジャズクラブ「ミスティ」において録音された。エロール・ガーナーの名曲「ミスティ」。「ミスティ」弾きで有名な山本剛だが、中でも本作のテイクは最高傑作といっても良いだろう。高音のピアノソロに始まり三者が揃う瞬間は鳥肌が立つ。
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<参考文献/オフィシャルサイト>
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