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ミシェル・ベルジェ (Michel Berger)

  

ミシェル・ベルジェ (Michel Berger)

フレンチポップス 歌手 作編曲家 プロデューサー

ミシェル・ベルジェ(1947〜1992)はフランスはパリ北西部のヌイーで生まれた。 父は腎臓移植の権威アンビュルジェ教授で、母はピアニストのアネット・アース。 幼い頃から音楽に執心し、レイ・チャールズに触れたことがきっかけで音楽の道 を進む事を決意する。

16才の時にパテ・マルコニ主催のオーディションがきっかけでデビューを果たすが、 コマーシャルな音楽を歌わされることに嫌気がさしたらしく、 1967年からはステージを降り作曲活動に励んだ。 ミシェル・ベルジェは曲の売り上げが好調だった一方で、 この時期、同時に大学に進学し哲学の学位をとったりもしている。

1970年、ミシェル・ベルジェはプロデューサーとしてワーナー・フィリパッチ と契約を結ぶ。これがヴェロニク・サンソンとの公私に渡るコンビの幕開けだった。 ミシェル・ベルジェの数々の楽曲や録音技術はヴェロニク・サンソンの 特徴的な歌唱を魅力的且つ先進的な音へと変貌させた。この一つの結晶といえるのが ヴェロニク・サンソンのデビューアルバム「愛のストーリー」である。 しかし、この充実した2年間はあっという間に通り過ぎた。 ヴェロニク・サンソンはある日突然ミシェル・ベルジェの元を去り、 アメリカのスティーヴン・スティルス夫人に収まるのである。

悲恋の後に音楽活動に没頭したミシェル・ベルジェは只一人ピアノに向かい続けた。 1973年、フランソワーズ・アルディの「私小説」をプロデュースし、 1974年には自身の作品「ファンへ贈る歌」、1975年に「華麗なる恋の世界」を発表 した。ここにきて、ミシェル・ベルジェの音楽が不動の評価を得ることとなった。

その後、フランス・ギャルの音楽をプロデュースし、フランス・ギャルと結婚。 ロックオペラ「スターマニア」を発表したり、社会活動に献身したり 多忙な日々を過ごした。1992年、ミシェル・ベルジェはフランス・ギャルと 共作したアルバム「最後のデュエット」を発表したが、その2ヵ月後の 1992年8月に心臓発作で倒れ死去した。享年45才。


<レビュー掲載作品>

Michel Berger / Que l'amour est bizarre
Que l'amour est bizarre
ミシェル・ベルジェ、1975年の作品。音楽家としてゆるぎない評価を得るきっかけとなった作品の一つ。フレンチポップスの中にあってリズムを軽視しない態度は、彼の完璧なアンサンブルに溢れる躍動感を与えている。フランス ギャルとの活動につながる苦悩の時期の作品は、今聴いても新鮮な輝きに満ちている。

 詳細ページは → こちら
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<オフィシャルサイト>
Hommage a Michel Berger

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プロフィール/バイオグラフィー | Comment(0) | TrackBack(0) | 2006年05月31日  posted by 日向葵
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