エヂ・モッタ (Ed Motta)
ブラジル ソウル歌手・作曲家
エヂ・モッタ(1971〜)はブラジルのリオ・デ・ジャネイロ郊外にあるチジュカ生まれ。本名はエドゥアルド・モッタ。ブラジルソウルシーンの立役者であるチン・マイア(1942〜1998)は叔父にあたる。母親がアマチュアのシンガーだったこともあり、ブラジルの音楽はもちろんアメリカのブラックミュージックに至るまで音楽的に恵まれた環境で育った。やがて英国のロックシーンに魅せられるようになり、レッド・ツェッペリンやシン・リジーを聴き、10代の時にはカバラというハードロックバンドに参加したこともある。
本格的な音楽活動はコネクシャオゥン・ジャぺリに歌手兼ギター/パーカッションとして参加してから。1988年、ワーナーからアルバム「コネクシャオゥン・ジャペリ」を発表しプロデビューを果たした。作品は大きな反響を呼びヒット作となったが、エヂ・モッタは同バンドを脱退。1990年に「ウン・コントラート・コン・デウス」でソロデビューを果たす。1992年に発表したソロ2作目「エントリ・エ・オウサ」はソウル、ファンクその他のクロスオーヴァーな音楽を取り込んだ意欲作で、スティーリー・ダンに深く影響を受けたという初期の代表作。
1994年にエヂ・モッタは渡米。ニューヨークでスティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンを始めソウルシーンのアーティストと交流を持つ。そして1997年の「パーティー・マニュアルvol.1」、2000年の「パーティー・マニュアルvol.2」をユニバーサルより発売することとなる。
2001年に「ドゥウィツァ」を発表した後、インコグニートの「フー・ニーズ・ラブ」にゲスト参加する等音楽的な転換期を迎えた後、2003年サンパウロのトラーマレーベルに移籍。「ポプチカル」そして2年の後「アイステルン」を発表する。
![]() Dwitza |
エヂ・モッタ、2001年録音の通算6作目の作品。ジャズ色が強いソウルといった感じで、ポップ色を前面に出した前作から硬派な音に戻っている。自らエレクトリックピアノを弾き歌う様はそれを象徴するかのようである。エヂ・モッタの魅力が詰まった秀作。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
![]() Aystelum |
エヂ・モッタが2005年に録音した通算8作目の作品。フリー/アヴァンギャルドジャズ的な曲やミュージカル的な組曲、クールなソウル(逆転の発想か?)もある。アルシオーネやジャキス・モレレンバウムの参加も彩りを添えるが、何よりエヂ・モッタの強烈な個性が印象的な作品。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Ed Motta

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