ブルーノ・E. (Bruno E.)
DJ,サウンドクリエイター,プロデューサー
ブルーノ・E.(ブルーノ・エ)はブラジルのゴイアス州州都、ゴイアニア生まれ。父親は音楽に造詣が深く、ブラジルの音楽と同時にルイ・アームストロングやオスカー・ピーターソンといったジャズを好んで聴いていた。その影響でブルーノEも幼い頃からジャズに親しみを持った。彼の音楽の根幹にはジャズがあるといって良いかと思う。
1991年、ブルーノE.はサンパウロに移り住み、この頃から本格的に音楽プロデューサーとして活動するようになった。最初はサンパウロのヒップホップ(ヒッピホッピ)ユニットを手がけたが、まもなくしてアンダーグラウンドのエレクトロニカシーンを手がけるようになり、多くのプロデューサーやDJ達と知り合うことになった。その中には、マッド・ズーやマウマウもいた。
やがてブルーノE.はブラジルエレクトロニカシーンのつなぎ役として欠かせない存在となり、ワーナーブラジルやフランス、ソニー、そしてPlanet HempやMorcheebaを含むアーティスト達を始めとして様々なレコード会社でリミックスの仕事をするようになった。
1998年にブルーノE.はサンバロコレーベルを立ち上げ、そこからPatife, Marky,XRS,Mad Zoo,Drumagickといった著名なDJを世に送り出し、ブラジリアンドラムンベースシーンを創り上げた。
サンバロコの中にはブルーノE.自身によるO Discursoというプロジェクトもあり、そこではエレクトロニカとノルデスチの音楽の融合を図る試みが行われた。
2001年、ブルーノE.はジャズに取り組み始めた。まずテナーサックス奏者のマルシオ・ネグリの面識を得ると、マルシオ・ネグリを通して数々のジャズアーティストとパートナーシップを築き上げた。こうしてアルバム「Lovely Arthur」を発表すると、ストレート・ノー・チェイサー誌、ヴィブレイションズ誌、Jazz+誌がこぞって高い評価を示した。
DJジャイルス・ピーターソンも認めるブルーノE。パトリシア・マルクスとの間には息子アーサーも誕生し、世界の音楽シーンで注目を集めているアーティストである。
![]() Alma Sessions |
ブルーノ・E、2005年発表の3作目。ザントーン・ブラック、サラ・アン・ウェップ、セザル・カマルゴ・マリアーノ、トン・ゼー、パトリシア・マルクスといったゲストを迎え、ネオソウルフィーリング溢れるエレクトロニカを展開している。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |

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