Joao Gilberto Live 2006/11/9
ジョアン・ジルベルト3度目の来日公演、最終日に行って参りました。正直行くつもりはありませんでした。自分にとっては70年代からせいぜい80年代位までが旬で、盛りをとうに過ぎたアーティストにA席¥10000,S席¥12000も払うのはおかしい。ビッグネームに翻弄されて集金ツアーに大枚をはたくのはアーティストにとっても良くないと思ったからです。しかし、ジョアン・ジルベルトに限ってこの考えは誤っていました。
ジョアン・ジルベルトは素晴らしいアーティストです。最も旬の時に見ることが出来なかったのは残念ですが、今日みたステージは最初から最後まで緊張の連続。高まる興奮にじっとしているだけで汗が噴き出してくるほどでした。
ボサノバの曲は美しいメロディーとコード進行にリズムが絡み合うことで洗練された楽曲を構成します。多くの曲はアレンジの余地がないほど完成されているため、差別を図るのが難しいジャンルといえるかもしりません。
しかし今回生で聞いてみて、そんなこととジョアン・ジルベルトの魅力は全く関係がないのだと思い至りました。確かにボサノバの魅力の一端はジョアン・ジルベルトの演奏によって引き出されています。しかし、ジョアン・ジルベルトの声が外れても、指が弦を正確にはじけなくても、更にはコードをすっ飛ばしてしまっても、彼の音楽は素晴らしいと思いました。
これは彼の作り出すリズムにあると思いました。ジョアン・ジルベルトの演奏はボサノバを弾いていても、常にサンバが意識されたリズムを形成しています。途中で汗が吹き出たのか眼鏡がずり落ちたのかギターの伴奏を止め、歌のみで曲を続けたことがありました。しかし、伴奏なんか無くても溢れるリズム感に圧倒され続けました。おそらく曲の出だしの1フレーズを聴いただけで後は最終小節まで彼がただ椅子に座っているだけでも私は興奮したことと思います。
彼のリズムがステージ全体に与える影響はそれだけ大きいと思うのです。普通、テーマのみを何コーラスも繰り返すだけのアーティストにこれだけの感銘を受けることはありません。ジョアン・ジルベルトにはそれをやっても強烈なインパクトを人に与えるだけの創造性溢れる演奏が出来るのです。こんなアーティストは他にいないでしょう。ジョアン・ジルベルトはリオ・デ・ジャネイロのムーヴメントとしてのボサノヴァアーティストというよりもむしろ、バイーアのムーヴメントとしてのサンビスタであるのではないでしょうか。そして、研ぎ澄まされたリズム感から生み出される緊迫したリズムのうねりが観衆を虜にして離さないのだと思いました。
年齢によって衰えたところもあるでしょう。しかし、今尚これだけのステージを作り上げることが出来るアーティストは彼だけでしょう。カエターノ・ヴェローゾはジョアン・ジルベルトの音をして「これより快適な音はもはや静寂以外にありえない。」と静を引き合いに出して語ったと聞いたことがあります。しかし、私はむしろ最大たった7音しかだせない弾き語りでありながら、オーケストラにも勝る極めて熱い音を出すということに驚きました。神といわれるにふさわしい演奏を見ました。

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私は、音楽にはグルーブありきと考えています。なぜならそれはもともとは人間の鼓動を表すものだからではないでしょうか?生の象徴として、心臓の鼓動があるとして、その生の喜びの表現として音楽があるとすれば、グルーブは音楽にとって最も大切な要素といえると思います。
奏者にとってはそれが一番深く一生追い続けるに値するテーマだと思っています。
私はまだ浅学でグルーヴというものの正体が果たして何なのか良く分からずにいます。mixi上でジョアン・ジルベルトの音楽の魅力についてやり取りしましたのでよろしかったらご覧ください。
→Joao Gilberto Live Report
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=264783926&owner_id=384873