ジョルジ・ベン(ジョール) (Jorge Ben(jor))
サンバロック ギタリスト/シンガーソングライター
ジョルジ・ベン(1942〜)はブラジルのリオ・デ・ジャネイロ生まれ。
パンデイロを演奏していた父親にインスパイアされてパンデイロ
を始めたが、18才頃からギターを弾くようになり、この頃から
作曲活動もするようになった。当時はサンバを基本としながらも
ボサノバやロック等、様々なジャンルに手を出していたという。
ジョルジ・ベンが始めてプロとして活動したのはゼー・マリア楽団
とレコーディングをした1963年で、「マシュ・ケ・ナダ」初回
の録音もこの時だった。このコンチネンタルレーベルでの録音の
翌日に何を思ったかジョルジ・ベンはフィリップスと突如ソロ契約
を結び、「マシュ・ケ・ナダ」の再録音をする。フィリップス盤は
大ヒットし、ブラジル音楽シーンの注目が集まるようになる。
ここに目をつけたのがセルジオ・メンデスで、卒なくこの名曲を
ソフト・ロックに仕立て1966年に発表、世界的有名曲にした。
果たしてブラジルの1ブームに過ぎなかったジョルジ・ベンの音は
世界に知られるようになる。ジョルジ・ベンの直感的で素直な発想
は誰にでも分かりやすい解釈の簡単な曲となる。だがそれでいて
非常に熱く、ダンサブルなノリのいい音でもある。彼の音の魅力、
それはブラジル多民族国家ゆえの文化が入り混じったおもしろさ、
そしてそれを調理するジョルジ・ベンの天性の直感ではなかろうか。
サンバを基調としたブラジル音楽と、ソウルフルでファンキーな
アフリカ音楽の組み合わせがジョルジ・ベンによって行われた時、
得も言われぬユニークな音が紡ぎだされるようになったのである。
やがてロッド・スチュワートが「アイム・セクシー」としてベンの
発表した「タジ・マハール」を盗作した事で訴訟が起きたりしたが
これもジョルジ・ベンの音の魅力の表れといえると思う。
1980年代になってベンはジョルジ・ベンジョールと改名して、
今に至っている。(同姓同名の存在ゆえとの説がある。)
![]() Africa Brasil |
ジョルジ・ベン(ジョール)1976年の作品。無断でロッド・スチュアートに「アイム・セクシー」として取り上げられ、訴訟問題にまでなった傑作「タジ・マハール」を含む全11曲。ファンキーでソウルフルなサンバロックの世界を一枚に凝縮した作品。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
![]() A Banda do Ze Pretinho |
ジョルジ・ベン(後にジョルジ・ベンジオールと改名)、1978年の作品。ソン・リブレレーベルへの移籍1作目にしてディスコミュージックを意識したもの。激しいくも心地良いカッティング、ソウルフルなホーンセクション、気の抜けたようなヴォーカル、狂ったようなクイーカ。全てが爽快である。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Jorge Benjor

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前のサイトでは、一部のブラウザでスタイルシートが正しく反映されず、非常に見づらい方がいらっしゃりました。今回思い切って新しいサイトを立ち上げて溜飲の下がる思いです。どうぞこれからもよろしくお願いします。Yusaは残念ながら用事で行くことが出来ませんでした。きっと素晴らしかったのでしょうね。そろそろネットでライブレポートを見ようかなと思っていたところです。(管理人)
ジョルジ・ベンの音はよくサンバ・ロックと称されますが、名作「アフリカ-ブラジル」のタイトルが示す通り、アフロ・ブラジリアン・ファンクロックとでも言うようなものですよね。あまり難しいことをやっているわけでもないのに、しばらく聴かないと聴きたくてしょうがなくなってしまう。そんな魅力を持った音。多くの方に知ってもらいたいアーティストの1人です。(管理人)
ジョルジ・ベン(ジョール)は初期の頃、ギターと歌の入ったテープをレコード会社に送り、レコード会社が他のパートを吹き込んで作品を制作していた。といわれるほど怠けぶりのひどいアーティストだったといわれています。音楽もすごく簡単明快で解釈の難しい曲など一つもありません。しかし、それでいて人の心を捉える魅力を持った音を作れるのだから素晴らしいと思います。テクニックに走るでもなし、アレンジにこだわるわけでもなし、ジョルジ・ベン(ジョール)には音楽の原風景を見るような気がします。