エリス・レジーナ (Elis Regina)
ブラジルMPB歌手
エリス・レジーナ(1945〜1982)はリオ・グランデ・ド・スール州出身。 11才の時、子供向けのラジオ番組で歌手としてデビュー。その後 16才にしてリオ・デ・ジャネイロへ赴き、「Viva a Brotolandia」 を録音する。初レコーディングであった。1965年、21才の時 発表したシングル「Arrastao(アハスタゥン)」で大ブレイク。同曲 を歌った歌謡コンテストの優勝と相まって一躍トップアーティスト の仲間入りを果たした。またこれに触発された為か前年発表された ジャイール・ロドリゲスとの作品「Dois na Bossa」はブラジル国内 のセールス記録を塗り替えるに至った。
1970年代頃になるとブラジルの軍事政権樹立に伴う反政府活動
トロピカリスモに参加。ジルベルト・ジルやカエターノ・ヴェローゾ
といったアーティストの作品を精力的に取り上げ、運動に貢献した。
エリス・レジーナは作曲はしなかったが、無名アーティストの作品を
よく取り上げその啓蒙に大きな力を貸した。ミルトン・ナシメントや
ジョアン・ボスコ、ジョイス、イヴァン・リンス等、彼女の手により
メインシーンに出てきたアーティストは多い。時にオリジナルに勝
る編曲のせいで新人つぶしの様に例えられることもあったようだが。
エリス・レジーナの魅力はエネルギッシュで快活な歌唱である。
天性のひらめきというのか、テクニック等問題にならない自然な歌
によって聴くものを一瞬にして虜にする。時に笑い声まで歌として
成立させてしまうエリス・レジーナの自然体に彼女の強烈な個性が
下地になっていることは疑いのない事実である。「Pimentinha(唐辛子)」
「Furacao(台風)」といったあだ名はそのことを象徴している。
しかし、多才なエリス・レジーナも私生活には恵まれていなかった。
2度の離婚と多忙な日々は彼女の精神を蝕んで行き、やがて薬物に
溺れるようになっていく。そして1982年コカインとアルコール
の過剰摂取により36才の若さで急逝。サンパウロに埋葬された。
![]() Elis & Tom | ブラジルを代表する歌姫エリス・レジーナと、ボサノバの父であり世界的な作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン。2つのビッグネームが共演した1974年の傑作。「三月の水」収録。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
![]() Essa Mulher |
エリス・レジーナ1979年の録音で、邦題は「或る女」。後期の最高傑作といって構わないだろう。長く在籍 し数多の名盤を残したフィリップスからワーナーへの移籍後初となる作品。
詳細ページは → こちら |
![]() Luz Das Estrelas |
1979年の録音を元にエリス・レジーナの死後1984年に発表された作品。エリス・レジーナの歌声に多重録音して楽曲が製作されている。悲愴にして寂しい作風はエリス・レジーナの死を悼む気持ちにあふれている。マニア向け音源だがエリスの一面を垣間見れる作品。 詳細ページは → こちら 購入ページは → こちら |
Elis Regina
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とても気品あふれるサイトですね。
かつ見やすくて本当に良いお手本ですね。
良い音楽を聴きながらワタシも精進して
行きたいと思います。(笑)
今後ともよろしくお願いします。
ありがとうございます。最近作ったばかりのブログなのでまだまだコンテンツが少なく申し訳ありません。当サイトの前身のサイトがあり只今移植作業中です。よろしかったら前身サイトもご覧下さい。
【ponty's music lounge】
http://blog.livedoor.jp/ponty_girasoli/
お褒め頂き恐縮です。早速macさんのブログを拝見させていただきましたが、すごい情報量に驚いたと同時に大変参考になりました。また伺わせていただきますね。
こちらのブログは毎日1枚のアルバムを取り上げていく予定です。今後ともどうぞよろしくお願いします。
その通りですよね。新人発掘におけるエリス・レジーナの功績は多大だと思います。自身が作曲をしなかったという事も背景にあるのかもしりませんが、大胆に新人の曲を登用していった様は、エリスの歌声や人柄と同様爽快感を感じます。