バンダ・ブラッキ・リオ (Banda Black Rio)
ブラジル ファンクユニット
バンダ・ブラッキ・リオは1976年にブラジルのリオデジャネイロで結成されたユニット。ファンクを基調にしながらも、その根底にはジャズやサンバそして様々なブラジルのリズムが組み込まれた音楽を創造している。
バンダ・ブラッキ・リオは1976年にブラジルのリオデジャネイロで結成されたユニット。ファンクを基調にしながらも、その根底にはジャズやサンバそして様々なブラジルのリズムが組み込まれた音楽を創造している。
ルシアーナ・メロ(1979-)はサンパウロ生まれのR&B歌手。サンバ/ホマンチコ歌手のジャイール・ロドリゲスを父に、ソウル/MPBアーティストのジャイール・オリヴェイラを兄に持つ。母が日系2世で、ルシアーナ・メロは日系3世に当たる。音楽一家にあって幼少より歌唱とダンスのレッスンに励んだ。
マリーザ・モンチ(本名:Marisa Azevedo Monte)は1967年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ生まれ。父カルロス・モンチはエコノミストで、有名なサンバチーム"ポルテーラ"の監督を務めた人物。マリーザ・モンチは中流階級の家庭でサンバに囲まれて育った。
ロベルタ・サー(ホベルタ・サ−)は1980年ブラジル北東部(ノルデスチ)のリオ・グランジ・ド・ノルチ州の州都ナタール生まれ。ブラジル北東部はアフロブラジル文化が根付く土地で、音楽的に見るとユニークなリズムに特徴づけられる。【続きを読む】
ボジョはルル・カマルゴとマウリシオ・ブッサブによって1998年に結成された、生音を取り入れたエレクトロニカを展開するブラジルのユニット。 【続きを読む】
ジャイール(ジャイルジーニョ)・オリヴェイラ(1975-)は、ブラジルのサンパウロ生まれ。本名はジャイール・ロドリゲス・メロ・ジ・オリヴェイラ。父はサンバやホマンチコ歌手であるジャイール・ロドリゲスで、R&B歌手のルシアーナ・メロは妹にあたる。 【続きを読む】
ジアナ・ヴィスカルヂは1976年ブラジルのサンパウロ生まれ。多くの音楽に囲まれながら成長し、やがてサンパウロのグルーヴ音楽学校でヴォーカルを専攻する。この音楽学校は全ての生徒にドラムを学ばせることが特徴らしく、ジアナ・ヴィスカルヂの多彩なリズム感もここで飛躍したのかもしらない。 【続きを読む】
ウィルソン・シモニーニャはブラジルのリオデジャネイロ生まれ。幼い頃にサンパウロに移住した。父親は1960年代から1970年代にブラジルのファンクやソウルアーティストとして活躍したウィルソン・シモナルで、弟はブラジル音楽新世代派を代表するマックス・ジ・カストロ。少年時代のほとんどを音楽の勉強に費したのだが、本格的に音楽の道に進む決心をつけるまでは大学で法科に通っていた。 【続きを読む】
ジョアナ・アメンドエイラ(1982-)はポルトガル内陸部の町サンタレーンに生まれた。幼い頃から歌が大好きで、地元の歌謡コンクールによく参加していたらしい。そんな彼女は1994年に首都リスボンで開かれた「リスボンファドの偉大な夜」と題されるファドコンクールに出場する。これはポルトガル中からファディスタが集まるコンクールで、当時12才だったジョアナ・アメンドエイラは史上最年少の出場者だったらしい。 【続きを読む】
シャクティはジョン・マクラフリンが1974年に結成したインド風クロスオーヴァーユニットである。ジョン・マクラフリン以外は全員インド人で、L.シャンカール(vin),ザキール・フセイン(tabla,etc),T.H.ヴィナヤカラム(ghatam,etc)等の達人と、特注のギブソン製アコースティックギターを弾くジョン・マクラフリンの掛け合いが緊張の連続を引き起こす名ユニットだった。 【続きを読む】
フリーク・ド・ブラジルはステファノ・ガンマによって2001年イタリアのローマで結成されたハウスのユニット。ブラジルを中心としたラテンアメリカの音楽を4つ打ちで表現してみようというのがフリーク・ド・ブラジルのコンセプトで、生音を積極的に取り入れたハウスを展開している。 【続きを読む】
アイアート・モレイラ(1941〜)はブラジル南部のサンタカタリナ州イタイオポリス生まれ。本名はアイルトン・ギモルヴァン・モレイラ。主にパラナ州クリティバで多感な時期を過ごした。歩き始めるよりも前にシェイカーを振り始めたという。
サンバランソ・トリオは1962年に結成されたジャズサンバ/ジャズボッサのユニットで、セザル・カマルゴ・マリアーノ(piano),ウンベルト・クライベール(bass),アイアート・モレイラ(drums)からなるピアノトリオである。
ブルーノ・E.(ブルーノ・エ)はブラジルのゴイアス州州都、ゴイアニア生まれ。父親は音楽に造詣が深く、ブラジルの音楽と同時にルイ・アームストロングやオスカー・ピーターソンといったジャズを好んで聴いていた。その影響でブルーノEも幼い頃からジャズに親しみを持った。彼の音楽の根幹にはジャズがあるといって良いかと思う。 【続きを読む】
ロザリア・デ・ソーザはブラジルのリオデジャネイロ生まれ。1989年にイタリアに渡りローマのScuola Popolare di Testaccioで音楽理論やジャズを学ぶ。この期間中にAlvaros dos SantosやGiovanni Guacceroと交流し、老舗のジャズクラブの舞台に立つようになる。ロザリア・デ・ソーザはここでボサノバやMPBといったブラジルのポピュラーソングを歌い注目を浴びるようになった。 【続きを読む】
タンゴ・ファイブは、ラウル・ハウレーナ(バンドネオン)、カール・アルブレヒト=フィッシャー(ピアノ,ヴィオラ)、グレガー・ヒューブナー(ヴァイオリン)、ファイト・ヒューブナー(コントラバス)、ベルント・ルーフ(クラリネット)からなるタンゴ五重奏団である。オランダのグループのようだが詳しいことはよく分からない。ご存知の方は教えていただきたい。 【続きを読む】
マリーザ(1973〜)ことMariza Nunesはアフリカのモザンビーク生まれ。モザンビークは以前ポルトガル領だった国で1975年に宗主国から独立を果たした国だ。ポルトガル生まれの父親は仕事でモザンビークに行き、そこで結婚しマリーザを生んだ。 【続きを読む】
イヴェッチ・サンガーロ(1972〜)はブラジルのバイーア州ジュアゼイロ生まれ。音楽一家にあって幼い頃から歌を歌い始め、学童期になると時間を見つけてはギターを弾くようになった。7才の時にサルヴァドールへ移り住み、やがてイヴェッチ・サンガーロはモデルとして働くようになった。しかし、昔からの夢だった音楽への情熱を捨てることはなかった。 【続きを読む】
オス・ノヴォス・バイアーノスは1968年にブラジルのバイーアで結成されたホッキ(ロック)のグループ。バンド名は「新しいバイーア人」の意味。カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルといったバイーア出身のトロピカリスモのアーティスト達を継ぐものという意味が込められているようだ。 【続きを読む】
ジミー・スミス(1925〜2005)はアメリカのペンシルバニア州ノーリスタウンに生まれた。本名はジェームス・オスカー・スミス。両親がピアニストであったこともあり、幼少期よりピアノを演奏する。9才時にはラジオ番組のコンテストで優勝するなどその才能を発揮した。 【続きを読む】
エレクトロコーコはブラジルの音楽コーコをエレクトロニカで演奏するというコンセプトを持ったオランダのユニットで、2003年10月に結成された。コーコ(Coco)はタンバリンに似た楽器であるパンデイロを伴奏に歌うブラジル北東部(ノルデスチ)の音楽で、アフリカに起源を持つアフロブラジルのダンスミュージック。【続きを読む】
エヂ・モッタ(1971〜)はブラジルのリオ・デ・ジャネイロ郊外にあるチジュカ生まれ。本名はエドゥアルド・モッタ。ブラジルソウルシーンの立役者であるチン・マイア(1942〜1998)は叔父にあたる。母親がアマチュアのシンガーだったこともあり、ブラジルの音楽はもちろんアメリカのブラックミュージックに至るまで音楽的に恵まれた環境で育った。やがて英国のロックシーンに魅せられるようになり、レッド・ツェッペリンやシン・リジーを聴き、10代の時にはカバラというハードロックバンドに参加したこともある。 【続きを読む】
デオダートことエウミール・デオダート(Eumir Deodato)(本名:Eumir De Almeida Deodato)は、1942年にブラジルのリオデジャネイロで生まれた。12才の時にアコーディオンを弾き始めると、まもなくピアノや作編曲,指揮法などを学んでいった。17才になると28人編成のオーケストラの編曲と指揮をした初録音が評価され、まもなくしてミルトン・ナシメントやマルコス・ヴァーリ、エリス・レジーナ、アントニオ・カルロス・ジョビンといったアーティストの信頼を一手に背負うピアノ奏者兼編曲家となった。 【続きを読む】
ドン・グルーシン(1941〜)は、米コロラド州リトルトン生まれ。弦楽四重奏団でバイオリンを弾いていた父とピアノを好んで弾いていた母との間に生まれた。実の兄はピアニストのデイヴ・グルーシン。 【続きを読む】
エヴァンドロ・ド・バンドリンことエヴァンドロ(1932〜1994)はブラジルのパライバ州出身。 本名はJosevandro Pires de Carvalho。エヴァンドロは7才時に故郷を離れて移住する。 行く先はブラジルにおいて文化的に盛んな土地であり、ショーロの中心地でもある リオ・デ・ジャネイロ。13才になるとバンドリン(平坦なマンドリン様楽器)を学び始め、 ピシンギーニャ、ジャコー・ド・バンドリンといったショーロの大家と親しく交わるように なっていく。 【続きを読む】
アレシャンドリ・カシン(?〜)はブラジル、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。 DJだった兄や、アパート階下に住んでいたベーシスト、エヂソン・ロボ に影響を受け、音楽の道を志す事になる。 【続きを読む】
ドメニコ・ランセロッチ(1972〜)はブラジル、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。 サンバ・カンソン歌手イヴォール・ランセロッチの息子で、イタリア系ブラジル人。 1990年代にペドロ・サーやマウリシオ・パシェーコ等と共にロックバンド、 ムリェーリスキヂーゼンシン(Mulheres Que Dizem Sim)を結成。 【続きを読む】
モレーノ・ヴェローゾ(1972〜)は父カエターノ・ヴェローゾと母デデーの間に長男として生まれた。3才の時に歌い始め、1982年には作曲もしている。 10代でラテンパーカッショニストになると、カエターノ・ヴェローゾや ジルベルト・ジル等とツアーをした。その後はカルリーニョス・ブラウン の元でチェロを弾いたりもしている。 【続きを読む】
1986年、ポルトガルミュージックシーンをリードしてきた2人のアーティスト、 ペドロ・アイレス・マガリャンエス(ギター)とロドリーゴ・レアン(キーボード) が、ポルトガルのアルマ(心)を音楽で表現すべく新しいユニットの創造を模索 していた。【続きを読む】
サリフ・ケイタ(1949〜)は、西アフリカのマリ共和国ジョリバに生まれた。 13世紀にマリ帝国を築いた高貴な家柄だったが、アルビノ(白子)だった為に 差別を受け苦労したようだ。幼い頃から音楽に目覚め、その道に進む事を 決心したが家族の理解は得られなかった。 サリフ・ケイタは1968年に家出同然でマリの首都バマコへ旅立った。 【続きを読む】
リズ・ライト(1980〜)はアメリカはジョージア州バルドスタ郊外のハーヒラで生まれた。 父はホーリネス教団の牧師で、母はオルガン奏者だった。そんな音楽環境の中で、 リズ・ライトは6才の時から教会で歌い始めた。やがてゴスペルを主軸にジャズや ブルースの影響を受け、高校時代にはナショナル・コーラス・アウォードを受賞している。 【続きを読む】
ミシェル・ベルジェ(1947〜1992)はフランスはパリ北西部のヌイーで生まれた。 父は腎臓移植の権威アンビュルジェ教授で、母はピアニストのアネット・アース。 幼い頃から音楽に執心し、レイ・チャールズに触れたことがきっかけで音楽の道 を進む事を決意する。 【続きを読む】
山本剛(1948〜)は、新潟県佐渡郡相川町に生まれた。 小学校6年生の時にピアノを始めたが直ぐに止めてしまい、 中学生の時はトランペット奏者としてブラスバンドに所属していた。 高校3年生の時にアート・ブレイキーの「危険なブルース」を聴いて以来 ジャズの魅力にとりつかれ、ジャズピアノに独学で取り組んだ。【続きを読む】
ミルト・ジャクソン(vib),ジョン・ルイス(p),パーシー・ヒース(b).ケニー・クラーク(ds) (後にコニー・ケイ(ds)に代わる。)からなるヴィブラフォンカルテット。 1952年にディジー・ガレスビー楽団のリズムセクションが独立する形で結成された。【続きを読む】